mar

「イロヅクヨウニ」

大阪野田の音楽サロンで行われた現代音楽とのコラボレーション企画。
グランドピアノで奏でられるコンテンポラリーミュージックとホラーをドッキング。観客の皆様にも真っ赤なドリンクをお配りし、
物語りの目撃者になっていただきました。
登場人物は吸血鬼に狼男、孤独に生きてきたモンスターたちが出会った暖かさは、それは儚い終焉へのプロローグだった。
非現実的な世界観を音楽が多いに助け、よりリアルなものに昇華した作品。

sep

「キミの名前」

大阪、大正区の運河に浮かぶ水上レストランで上演した作品。
沖縄民謡三線にのせて4人芝居を行いました。
静かに波とともに揺れる会場で切ない人魚の物語りを綴りました。
上演の中で料理を作りながら、最後は食卓を囲んでの時空を超えた恋の物語り。
タイトルの中に隠された秘密が、ラストシーンで明かされ、役者は運河の中に消えていく。
会場の特性と物語り、そして音楽が絶妙に絡み合った作品でした。


apr

「雪下生花店」

大阪、中津にある生花店が経営するカフェで上演した作品。
アコースティックギターとボーカルの調べにのせて、このカフェにまつわる悲しい物語りを4人の役者と一人のフラワーアーティスト、そして2人のミュージシャンで仕上げました。
会場全体を花で飾り、登場人物にも華をあしらい、コラボレーションを行いました。
春の優しい風のなか、公園と花を眺めながらののどかな作品でした。

feb

「winter songs」「点灯虫」「彼岸の水」「つわ」

大阪、天神橋筋一丁目にある「アートギャラリーフジワラ」というおしゃれな大正建築の建物での第二回上演作品。
今回は一回の暖炉前で短編公演のオムニバス。切ない冬の物語りをお送りいたしました。
JAZZボーカルと短編のコラボレーション。阪神大震災をテーマに親子のふれあいを綴った「点灯虫」、悲しい現実を背負った見知らぬ同士の男女の場末の喫茶店での出来事を綴った「彼岸の水」。人生に行き詰まった名医のもとに訪れた妹が届けにきた奇跡を綴った「つわ」。
どれも切ない冬物語りに仕上がった。


大阪、天神橋筋一丁目にある「アートギャラリーフジワラ」というおしゃれな大正建築の建物で不思議なカウンセリングを売りにしているマダム潤子とその患者たちの物語を上演いたしました。
JAZZボーカルバンドのライブ・芝居のコラボレーション企画で、会場の皆様にはドリンクを片手におつまみをポリポリやっていただきながらのサロン形式企画でした。
ボーカルユニットは日替わりでバックバンドを変えるという贅沢な趣向を取り入れあいも変わらず観客の皆さんを巻き込んでの企画でしたが会場の形式をフルに利用しテラスから屋上までをゆったりと使用することでサロンの持つ開放感と安心感、密室間と親近感が演出できたのではないでしょうか?


大阪、中ノ島にある重要文化財・「中ノ島中央公会堂」にて行われた連続公演のうちのひとつです。
桜をテーマに、少し切ないお花見のお話をさせていただきました。
JAZZトリオバンドのライブ・ドラァグショウ・琴の独奏ライブを迎え、芝居とライブを交互に行うことで、それぞれのパフォーマンスをあえて切り離した演出を施しました。
同時に何かを感じ続けるというコンセプトから、一つ一つに集中するという考え方に切り替えたバージョンです。ライブを楽しみながらの観劇・観劇を楽しみながらのライブ鑑賞、様々なパターンのお客様に様々な楽しみ方をしていただけるよう配慮しました。 


大阪、中ノ島にある重要文化財・「中ノ島中央公会堂」にて行われた連続公演のうちのひとつです。
雪をテーマに、まだ深々と寒さの続く大阪の町を舞台に、時間旅行の悲しいお話をさせていただきました。
この公演の見所はなんと言っても独奏ピアノによるオリジナル演奏会とのコラボレーションです。 
演奏者である中畑貴喜氏は、言葉とピアノのコラボレーションを課題として、この作品に挑んでくれました。
その結果、すばらしく音楽と芝居・映像がマッチした作品に仕上がったのではないでしょうか?
時間旅行をする悲しい男に劇団赤鬼の川浪ナミヲ氏を迎えての公演でした。


大阪は福島にある3階吹き抜けのネオクラシックな空間、ミチニータでクリスマスパーティーを開きました。
ご来場の皆様もそのパーティーに出席いただいた登場人物の一人として、ドリンクを片手にJAZZを楽しみ、shouを満喫いただく。その間にも物語は進行して、やさしくかなしい結末にむかう・・・、
少し大人のクリスマスの物語。200人近いお客様との競演を果たしました。


大阪は淀屋橋にある幻想的地下空間、その教会のスペースで人魚にまつわるお話をさせていただきました。
人魚を演じるは京都の名優、森川惺、音楽をアイリッシュハープの今尾公美、彼女達の奏でる物語と音楽はいつしか一つのハーモニーになって、切ない恋の物語を語りだす。水と光の幻想の中で、観客もその世界の住人になれた事を願っている!


男は記憶を無くし梅雨の雨の中をさまよっていた、女は最愛のものをなくしその雨の下でないていた。それから5年の月日が流れ出逢った二人のお話。ゲイバーという場所で繰り広げられる日常の話。音楽はpfとtsでおしゃれに仕上がった作品でした。主演男優に劇団シアターシンクタンク万化の看板・高橋氏を迎え第二次コベントガーデンクラブ活動再開にふさわしいプレ公演になった。つづく8月末京都企画もお見逃し無く!!


ある男が今は亡き恋人に宛てた手紙を、朗読者の手で読み上げるといったストーリー。何もない部屋、ピアノとソファーだけが置かれた空間。一年目にやっと書いた手紙には、決別と再会の念をこめた言の葉がちりばめられていた。その他現役ドラァグによるダンス・俳句の朗読。短編小説の朗読、HIV感染者によるノンフィクションポエムの朗読を含んだ総合芸術の一環として北村勢吉の手によりコラボレーションが行なわれた。当クラブ音楽総指揮の中畑氏のピアノ演奏もコンテンポラリに花を添えていた。


桜京都の古い町屋で行われたパフォーマンス。いつもにもましてそのくうかんを十二分に生かした演出だった。冬の底冷えの京都、ブリ大根の香り、裸電球、埃、隙間風、薄いガラス窓、音楽は排除し、オルゴールだけが静かに響く、空間と役者とのコラボレーション作品。


3大阪心斎橋で注目のスポット「カフェGARB」で公演を行なう。ファションショーパフォーマンス「草草子」と演劇パフォーマンス「草葬儀」の二本立て。若手デザイナーの大須賀千乃を中心としたデザイナーチームによる「草草子」はカフェスペースを一杯に使い、贅沢なウォーキングが可能になったショーであった。「草葬儀」はその場所に役者が登場し、三人芝居を展開、コラボというよりは、空間演出と、空間共有で遊び心を生かしたパフォーマンスに仕上がったようだ。


桜のつぼみの膨らむ季節、櫻をモチーフにした舞踏と朗読、一人芝居のコラボレーションを行なった。
ダンサー件役者にはパントマイムで活躍をする西埜円香を迎え、音楽にはパーカッショニストのやまうちりいち、そして絵画に画家である有田匡しを迎えたコラボレーションパフォーマンス。
春まだ遠い京の町でもうすぐ開く桜を思いながら様々な衣装で舞を舞う西埜のパフォーマンスは観客の皆様の呼吸を一瞬止めるほどの気迫が感じられた。


30分程度のショートストーリーをつなぎ合わせた作品群。冬をテーマに1~2人芝居をオムニバス形式で行なう。京都は寺町2条にある静かなたたづまいのギャラリterraにて周年のコラボレーションを行なった。大阪はカラビンカという屋根裏部屋のような小屋でスタッフ空海との連携で公演を行なう。板張りの空間の中でつむがれる一人一人の声の魔法が心地よい公演だったといえる。


京都にて、クリスマス招待公演として行なわれた作品。熟年のショーガールと新人ダンサーの会話を淡々と綴りながら、その中に淡い恋の話やクリスマスならではのロマンスを加えつつ、ピアノ、ボーカルDUOでシックな夜を演出。言葉というものを排除し、主人公の女だけが台詞を音という形で口から発し、残りのキャストは沈黙を守るという演出方法、過去の思い出の中でその沈黙を破って言葉を発し始める後半の演出が心憎い。
アンデパンダンという京都の隠れ家的cafeでのクリスマス公演第二段でした。 


博多で行なわれた同タイトル公演の大阪版。梅田のレストランで行なわれた公演。客席がかなりせまく、その中での食事とライブとダンスと歌はなんだかホームパーティーのような感があり、みょうに暖かい公演になった。音楽、キャストは博多公演と同じメンバーで行なわれた2都市公演の第1弾であった。


博多には魅力的なスポットと人間模様が存在します。その場所で公演を打つ事になった作品。大阪公演との連携2都市公演が実現いたしました。現地の女優を朗読者として迎え、場所は浪漫座という、素晴らしい会場でのパフォーマンスでした。音楽はJAZZpiano、BASSをむかえ、昭和初期の古きよき時代をjazzと煙草と女と酒で表現してみました。歌あり、ダンスありの食事つきパーティーに同席の皆様もお楽しみいただけたのではないでしょうか?


弦楽カルテットがタンゴをかなで、pianoは悲しげな歌謡曲を歌う。そんな中で、繰り広げられたのが、「D棟への招待」であった、真夏の夜、お盆という時期に行なわれたこの公演は、例が戻ってくるこの時期にふさわしく、すこしオカルトタッチな作品だ。夏休みと、亡霊そんな昔懐かしい組み合わせの中で繰り広げられる生々しい人間模様の激しさを弦楽四重奏の奏でるタンゴの調べが激しくも悲しく包み込む。また空間も趣向を凝らした場所、梅田は神山町のrain/dogsを貸しきり、テラス席からの楽団演奏、フロアから2階までをあますところ無く使った演出も魅力的であろう。


長崎市内、大浦天主堂・浜町・ホテルモントレーにて行なわれた弦楽カルテットと二人芝居のコラボレーション。長崎という異国情緒漂う町を舞台に街角という場所を借りてのパフォーマンス。
ホテルモントレー公演では、メイン会場のレストランでランチをご賞味いただきながらの二人芝居でした。
C婦人・・とはプッチーニの有名な歌曲からインスピレーションを発した作品。九州では二回目の公演を飾ったこの長崎公演、次回はより街の雰囲気を踏襲しつつ、観客を巻き込んだパフォーマンスを持ち込んでみたいものである。


約50名の各界のアーティストを迎え、やや文化祭的^^;公演となった作品。舞台上はさながらジャンルを超えたパフォーマーの長距離リレーのようで、jazzsessionソロから朗読とのコラボ、朗読とクラッシックバレエ、そしてバレエとjazzvocal、jazzと和太鼓、太鼓と日本舞踊、日本舞踊とファションショー、ファッションショーと演劇、演劇と歌、歌とクラウンショー、クラウンショーとアコーディオン、アコーディオンと芝居、芝居と歌謡曲・・・という形でカフェ形式に約三時間の長距離マラソンを開催した。広い京都は西陣北座という空間はその長距離マラソンの中でゆとりのヒトトキを作り出してくれていた。
様々なジャンルの新鋭たちが繰り広げるパフォーマンスの数々がそのジャンルを無くし、それ自体が一つのジャンルを作り出そうとしているかのような、そんな瞬間の連続が存在した公演であったといえる。


大阪・京都野に都市公演を行なった作品。
かといって、まったく同じモノの再演ではなく、登場人物のスタンスや役作りを、少し変えて、違う角度からの1作品を描いてみた。音楽も京都公演のアコーディオンと大阪公演のpianoと違った色合いをかもし出させてみた。
テーマは「待つ」、4人の登場人物たちが、未だこぬ誰かを待ち続ける物語。同じような目的のお互いの姿を知った4人の「他人」が徐々に「友人」としての会話を始め出す。
ケーブルテレビの京都チャンネルに取り上げられた作品。


タイトルどおり8人の登場人物に実力派のキャスティングをそろえ、舞台形式の会場「アトリエ劇研」にて、演劇祭に参加したときの作品である。ストレートプレイに徹したストーリーとは裏腹に、中央には藤原氏の立体オブジェ、舞台周辺には人体をモチーフにした平面がを配置し、正方形の舞台の中心にはサックス・トランペット奏者を据えてのパフォーマンスとなった。まだまだ、演劇と、その他のパフォーマンスの融合に二転三転を加え、企画設定者自身、悩みながら苦しんでいた頃の作品である。
「八」とは天子の鳴らす8番目のラッパであり、誰の心の中にでも存在する「やつ」を指し示す言葉でもある。


かつて京都高島屋の会長宅であった純和風建築をそのまま展示会場に使用している『SARA』にてのパフォーマンス。大きな座敷と情緒豊かで歴史のある中庭を借景に、座敷遊びを繰り広げる二人の男と一人の芸者。
和風建築の中であえてライブはヴィオラを採用。芸者になる為に東映専属の髪師と衣装に協力を得、床の間とエントランス、各所を京都嵯峨御流の助けを得て細部に渡りこだわりの空間演出を施す。タイトルの「うの」とは高杉晋作の愛人の名。山口の古い旅館を舞台に夢に破れ、新たな道を目指そうと歩き出す男と其処に寄り添う女が、かつての歴史の勇姿と重なり物語は優しい方向に向かって流れていった。


古い倉庫に映画学校の卒業メンバーが集まってクリスマスパーティーを行なっている。その場所はかつて同級生で、おなじく銀幕の世界を夢見た女性が自殺していた場所でもあった。古い映写機を見つけ其処にかつての共同制作作品のフィルムを通し、壊れかけた白壁に映し出された過去には、隠された秘密が隠れていた。若手の俳優人を起用し夢の始まりを歩き始めたばかりの登場人物達を表現、クリスマスイベントさながらに、JAZZ Pfはクリスマストラックを流し続けた。
全席招待というコベントガーデンクラブならではのクリスマス興行第一回作品であった。


老年、夫をなくした妻が夫の通夜の日、二人が過ごした家の縁側で二人の過去を回想する物語。
劇場公開用の公演だったが、あえて、天上一杯に水を張り、観客と役者の上に無数の金魚を泳がせ、夏の透明で強い日差しを演出。一体感を出し、定評を得た。
また、縁者には舞踏で活躍するパフォーマーを招き、ストレートパフォーマンスではない身体表現でお互いの関係性を浮き立たせる手法をとった。ライブ部門では弦楽四重奏がクラッシックから現代音楽までを盛り込み、さらには効果音も全て4つの楽器で表現をする試みをする。ダンス部分を引き伸ばした別公演「ANATA」「ANATA2」を大阪市内の心斎橋アメリカ村三角公園・心斎橋そごう前で展開。通勤帰りのサラリーマン・アメリカ村に集う若者たちから賞賛を受ける。


京都の老舗ライブハウス『礫礫』にてのパフォーマンス、実力の俳優人に加え、神楽舞の講師に元宮内庁の大物を、ライブ部門に和太鼓集団「群太鼓」の協力を得た力作。パフォーマンス中役者が身につけた総額数百万の狩衣は話題を呼んだ。
蔵をそのままライブハウスに変えた『礫礫』の雰囲気にマッチしたコベントガーデンクラブ初期の代表作でもある。
空間演出の妙と和太鼓の響きが観客を包み、言いようのない調和の空間がそこにあった。
『礫礫』というこのすばらしい環境のもとで音楽ライブ以外の企画があがったのは当時、実に二度目の事らしい。


一人の男の死の所以を4人の人物が追及する。
父親・妻・友人・愛人、それぞれの人々の目の前にいた生前の男の姿は、あまりにも違った横顔であった。果たして、一人この世を去った男の素顔とは?今まで一番身近にいたと信じていた存在の違う側面が静かに浮き彫りになっていく。
登場する4人の見知らぬもの同士、その会話の中で4人の俳優のそばに4種の楽器を配置、会話という台詞と音楽という楽譜が入り混じり、それぞれの個性や人間関係を多次元的に表現した作品。やがて不協和音だった4つの楽器は、終演間近、一つのハーモニーを奏でる。


屋根裏のような特殊なスペース「カラビンカ」を使ってのパフォーマンス。結婚式当日のカップルの風景を描いた作品。会場に隣接した教会の鐘の音と声楽ライブが厳かな式という雰囲気をかもし出す一方、ソプラノ歌手の歌う恋のアリアはアコースティックギターの調べに乗り、揺れ動く女心を表現。結婚という一つの事象を通して、女として、妻としての生の行方を静かに模索しながら歩く女の話。パフォーマーのうち新郎新婦には実際にご夫婦で活躍中のお二人を招くという趣向も凝らしている。